2018年8月10日金曜日

ヒストリーを少々(続けて高額ギター編)

台風が続いています。暑い日も続いています。地球温暖化なんて規模じゃないです。ホントに暑くてどーにもなりません。先日、故障してすぐに発注をかけたエアコン、やっと今日取り付けてもらえそうです。これで連休中はギター三昧かも。(ないない)

貝殻装飾のお高いギターを買ってしまった。A型なのにふんぎったもんだった。一旦タガが外れると、大人の趣味は際限なく拡大していってしまうもんだ。ここで踏みとどまれればプレーヤー、ひたすら買い続ければコレクターになる。僕はと言えば、もちろん踏みとどまった。だってお金ないもん。


幸いな事に、OFF会を通じていろんな人たちと友達になれた。もちろん、いろんなギターとも友達になれた訳だ。そんな折、一度だけ弾かせてもらったのがマーチンOM-42カスタムだった。何がカスタムかというと、マホガニーサイド・バックのギターだった。こいつは軽やかに鳴った。一発でマホガニーのギターが欲しくなってしまったのもしかたがないことだった。もちろん、たやすくマーチンなんぞは買えやしない。


ちょうどその頃(2002年)、日本のギター老舗のモーリスがフィンガー・ピッキングに特化したSシリーズってのを世に送り出してきた。俄然興味がわいたね。もちろんマホガニーのギターも含まれていた。Lakewoodを買った楽器店で試奏をお願いしておいたら、正式な発売前に展示品が試奏用に届いた。選んだのはS-96という、少しボディーの大き目のギター。
B-BANDのデュアル(ピエゾ+マイク)のピックアップもついていて、薄いネックと652mmのロングスケール。鳴りもよかったので、即決で予約をした。なにげにソモギに似てない事もない。(笑


しばらく満足して弾いていたが、ピックアップは使った事がなかった。だってステレオのケーブルなんか持ってなかったからね。自分で半田づけすりゃ良かったんだが、思いもしなかった間抜けさ。(笑


別の知人からは、いいギターを一本買わないか?って打診された。実はこのギターメーカーには思い入れがあった。大阪のギター仲間がギターの展示やらプロの演奏やらを企画してたので、それに参加した。今のサウンドメッセの前身に当たると思う。ここで出会ったのがAlbert & Müller(アルバート&ミューラー)のS-6。これはハカランダを使ったスロテッド・ヘッドのギターだった。まるでピアノのような音色にノックアウトされてしまった。そんなこともあって、知人宅へ伺って試奏、そのまま持ち帰るという暴挙に出た。(笑 ただし、売ってもらったのはS-3というブラックウッドを使用したタイプだったので、同じ音が出るわけではない。それでも硬いブラックウッドの音はたいそう良かった。


別にギターに飽きてしまう訳じゃあない。弾き込んでくるとどうも音に違和感が出てくる。というかなんというか。いや、単に新しいギターが欲しかっただけなのかもしれない。


S-96のネックから異音が出るようになった。フレットではない。きっとロッドだろう。メーカー送りにしても直らなかった。困ったね....。


そんな折、巷ではFurch(フォルヒ)ってチェコ製のギターの口コミで賑わっていた。調べてみると、確かに安い。けど音はどうなんだ。弾き易さはどうなんだ。確かめるために輸入代理店のスタジオ・エムへ行ってきた。


つづく.....

2018年8月7日火曜日

ヒストリーを少々(初めての高額ギター編)

今日は久しぶりに雨です。いやあ、うれしい雨ですね。これで少し涼しくなってくれるといいんですが。


一瞬にしてソロギターどっぷりはまってしまったわたし。一応、人に聴かせられるまで、どのように上達したのか?ってのを書いておこうと思う。

日本でのソロ・ギターの起源は中川イサトだと知った。彼はもと五つの赤い風船のメンバーだった。ちょうどその頃、サントリーウーロン茶のCMは奥居香(現岸谷香)があの蘇州夜曲を歌っていた。これが好きだった。ネットで調べてみると、中川イサトのTAB譜があることを知り、速攻で注文した。この曲が好きで、二胡まで始めちゃったもんね。(笑




この楽譜集にCDは付属していない。だから原曲も知らぬまま弾いていた。収録されているCD『SAYONARA』は既に廃盤になっていた。中古CDを探しまくって、手に入れたのはチェコに駐在しているときだった。今では演奏を始めるときには必ず蘇州夜曲から始める。ほぼ初めて弾いたソロ曲なので、思い入れがあるのだ。

1998年にはこんな本に出会った。内容は、岡崎倫典とか吉川忠英のソロ曲とTAB譜が掲載されていた。もちろんCD付き。

岡崎倫典は『めざめの瞬間 -Pastime-』と『雲の上の小さな島』、それに吉川忠英の『ウラハラへの道』と『アレンの草原』。いずれも画期的だった。とても一人で弾いているとは思えなかった。
最初にトライしたのは『めざめの瞬間 -Pastime-』だったが、初めてのオープンチューニングでCGDGCD。当時はクロマチックチューナーを持っていなかったので、チューニングだけでえらく時間を費やした記憶がある。それで弾けたのかって?.....無理だった。初心者にはハードルが高すぎたのだ。ならば...と次にトライしたのは『雲の上の小さな島』。こいつはレギュラーチューニングだったので、それっぽくは弾けるようになった。たしか数ヶ月は費やしたようだ。

次の年もアコースティックファンフェアへ行った。この時には、ネットを通じて知り合った近隣の知り合いができた。N氏だ。その方からのお誘いもあって、フェアの後にOFF会(演奏会)へも参加することになった。フェアを終えて、土砂降りの中を会場に向かった。場所は羽島市。某電機メーカーの施設を借りていてくれたのだ。持ち込んだのは唯一のギターだったYamaki。演奏したのは蘇州夜曲だった。これしか弾けなかったもんな。このOFF会には岸部眞明が来てた。当時はあまり知らなかったけど、プロだと聞いた。その演奏もすばらしいものだった。もちろん、参加されたアマチュアの方の演奏もすばらしかった。OFF会は明け方まで続いた。(笑 あんな風に弾けたらええなぁ....と夢心地で明け方に帰路についた。

要は、いい音楽をたくさん観て聴いて、好きな曲をたくさんコピーすること。さらに、人前での演奏をすること。できればいいギターを持つに越した事はない。高価じゃなくてもいいから、キチンと弦高が調整されたギターが必須だと思う。こんなんがギター上達の近道と言えそうだ。


その後、小松原俊・岸部眞明などのCDと楽譜を出る都度買っていった。CDの中の数曲をコピーした。弾けるようになったものやら諦めたもの、コスパは大層悪いに違いない。

なんかね、楽譜を買うと満足しちゃうんだな。ホラ、用もないのに会社の往復にビジネスバッグに書類入れて持ち帰るでしょ?それで仕事する?しないよね。それと一緒さ。(笑


そんな頃に購入したのが、マーチンOOO-28SQだった。これは、当時大須にあったSoloという店で購入した初めての高額ギターだった。もちろん中古委託品で価格は18万円。それでも抱いて寝たいくらいのモノだった。Hey Heyを弾くと、なんかEric Claptonになりきれてた。(笑

SQというのはSquare Rod(スクエア・ロッド)がネックに仕込まれているタイプ。ネックが反っても修正はできないが、反りにくく作られている。これに対してAJ(Adjustable Rod)ってのがあり、これは調整可能な一般的なもんだ。どちらがいいのかってのは、分からないが、一般的にSQは音が太いと言われているが、僕には分からない。

我々の年代ではマーチンってのは憧れだった。日本で初めて故・加藤和彦がD-45を購入した。続いてガロも買った。有名人はマーチンだった。



しばらくマーチンを弾き倒してくると、音的に満足できなくなってきた。どうも音が薄っぺらなのだ。今で言うと鳴らないギターだった。それにショートスケールのOOOタイプだと、オープンチューニングで6弦を下げるとビビるしダレるしシャープする。そんな事もあって、次の候補ギターを伺っていた。

そんな折、件の知り合いN氏から演奏会をするってお誘いがあった。OOO-28SQを持って出かけてきた。この時は小松原俊の『くじら』を演奏したと思う。その演奏会でN氏のギター(James Goodall)にはピックアップが取り付けてあった。今にして思えばマグネットをサウンドホールに付けてあっただけだったんだが、きれいに伸びるサスティーンに感激してしまった。早速、買ってきたのはこんなのだった。

まあ、あるだけマシって感じ。いよいよピックアップの泥沼にはまり込んでいくのだった。(笑

2018年8月6日月曜日

週末の道の駅めぐり

死にそうなくらい暑いです。名古屋も観測史上の最高気温を更新。これから先、地球はいったいどうなってしまうんでしょうね。


さて、この週末は久しぶりに道の駅めぐりに出かけてきた。


土曜日
いつものことながら、唐突に出発を決める。だから家内は嫌がるのだが、お構いなし。(笑
ガソリン代がかかるだの、高速代が高いだの、家内は文句を言うのだが、これは必要経費なのだ。


さて、愛知県は既に完全走破してしまったので、次は岐阜をめぐりたいのだが、先日来の豪雨で通行止め区間も残っている、なので西濃を攻める事にした。


最初の目的地は今年オープンした大野町にあるパレットピアおおのを目指した。知多半島道路で名古屋まで出て、そこから名四国道で桑名、そこからは国道258号で大垣経由道の駅へ。
やっぱり新しいところは気持ちがいいね。
美濃のモノを売る店と見当はつくが....某司会者のパクリだ
ちょうどお昼になったので、先日テレビで見てた鮎料理の店へ。
千八百円で鮎3匹ならばOK
満腹に居眠りしそうになりながら、その後めぐった道の駅は以下の通りだ。
・夜叉ヶ池の里さかうち
・星のふる里ふじはし
・夢さんさん谷汲
・織部の里もとす
・富有柿の里いとぬき
・池田温泉
合計で7箇所を制覇。しかし、岐阜県には56箇所も道の駅がある。今回でやっと15箇所。達成率はわずか27%にすぎない。まだまだ先は長いぞ。
帰路はアクアウォーク大垣で夕食、イオンモール桑名で休憩。ここは昔マイカル桑名だったところ。石榑(いしぐれ)峠(酷道421号で標高690m)に出没していたころによく立ち寄ったところだ。その石榑峠も今や三重県側からは通行できないらしい。
それから桑名を経由して川越から伊勢湾岸道~知多半島道路で帰宅した。


日曜日
怠惰な休日を過ごした。唯一ガソリンを入れて洗車をしたくらいだ。念願だったフロントガラスの内側を徹底的にきれいにしたぞ。フロントに着いた虫の死骸も除去した。
夜になって外食した後に、近所のミスドでチーズタルドを買ってきた。新製品には目がないのだ。(笑
フレンチクルーラーの二倍以上のお値段だったが、意外とアプリコットが美味かった。けど、もう買わないわ。

2018年8月1日水曜日

ヒストリーを少々(ソロ突入編)

相変わらず暑い日が続きます。あっという間に8月に突入しました。日本人に戻ってから既に4ヶ月が経ちました。早いものです。この調子で早く引退したいですね。

ソロギターはどうやって始まったんだったか。

学生時代は下宿してたから、ギターからは遠ざかっていた。再開するのは、会社へ入社してからだ。

独身寮へ入った。いまどきは考えられないけど、八畳に二人が住む男所帯だ。フォーク好き、ギター好きな連中も何人かいたので、夜はギターをかき鳴らしたりしてた。

何度か部屋を変わるうち、たまたま同室になったK氏が持っていたのが、Yamaki No.1150だった。彼が1969年製のMartin D-45の購入資金にとYamakiを買ってくれ...と打診された。当時はそんなにいいギターだとは思っていなかったけど、D-45の足しにと5万円で引き取った。

K氏は大学時代からギター弾きだった。だから上手い。よく弾いてくれたのがAnji。この曲が初めてのソロ曲だったような気がする。教えてもらって何とか弾けるようになった。残念ながら、もう忘れた。(笑 レギュラーチューニングだから、試奏の時なんか、弾けるとかっこいいぞ。
次に教えてもらったのはラグタイムギター。
K氏が買ってきたTAB譜付きのこのLP(CDじゃないよ)。これがStefan Grossmanの名前を知るきっかけだった。このラグタイムってジャンルは、なかなかに軽快でよろしいな。日本では打田十紀夫が有名だね。
こんなもんも買ってきて、The entertainerを必死で練習してた。レギュラーチューニングだから、弾けるとかっこいいぞ。
ソロだけじゃなく、K氏とはSimon & GarfunkelとかPPMとかかぐや姫とか、脈絡のない曲を一緒に弾いたり歌ったりしてた。しばらくして、K氏は結婚して寮を出た。

ほどなくして、僕も結婚して寮を出た。再びギターは沈黙する。再開したのは、1998年あたりだった。

当時、知多市に住んでいて、近くの東浦町にTime Lagってギター・ショップがあることを見つけた。そろそろギターを再開しようと思ってた矢先だった。なので、Yamakiを持っていって、メンテしてもらおうと思ったのだ。

ここではギターの濃~い話を聞かせてもらった。店長さんはかつて東海楽器に勤めてたそう。Yamakiを見せたら、バック材のハカランダに驚いていた。そこで初めてこのYamakiが凄い奴だったんだ....と認識した。(笑

同じ頃、刈谷市でアコースティック・ファン・フェアってのが開催された。超初心者には少々敷居が高いが、勇気を出して行ってみることにした。出会ったのは、中学の時の同級生と小松原俊だった。
いろんな店を覗き込んで歩いてた。ある店で品物を物色してると、何か視線を感じた。店主がじっとこっちを見てる。まけじと僕も店主を見た.....あっ、お前......!って感じでの再会だった。

彼はS.Yairiに勤めていたそうだ。矢入貞夫さんのヤイリギターね。ここが店じまいしてから、岡崎でギター屋をやっていると。だから彼の店のサイトにはS.Yairiのデータがしっかり詰まっている。

フェアでの出し物に、アーティストの演奏があった。聴いたことはなかったんだが、小松原俊のステージを申し込んでおいた。タダだったから。(笑

普通はアーティストがステージの上で観客は下にいる。当たり前だけど。ところがこの時は、スペースの都合だったのか、アーティストと観客はステージの上で膝つき合わせてた。(笑

そんな目の前で、『くじら』とか『Voyager』を聴いてしまった訳だ。そりゃあ、あーた、衝撃ですよ。

そんな訳で、一瞬のうちにソロにどっぷりはまってしまったとさ。


つづく....

2018年7月30日月曜日

ヒストリーを少々(始まり編)

台風12号は大丈夫だったでしょうか?知多半島は直撃は免れましたが、日曜日の0時過ぎからは、結構な風と雨。日曜日もはっきりしない天気が続きました。今日は晴れたと思ったら、気温は35℃の予報です。今度は熱中症にご用心。一難去ってまた一難です。

さて、ギターネタが少ないこのブログなんだけど、趣味の中心はやっぱりギターなんだな。なので、長く続けてきた歴史的なものを書き残しておこうかと思った次第。

【ギターの始まり】

中学生時代にさかのぼる。学芸会では、クラス毎に学級歌と愛唱歌を歌う事になっていた。その年、クラスで選んだ歌は『青年は荒野をめざす』だった。五木寛之の小説や、フォークルで有名な題名だ。

ピアノが弾ける同級生はいたし、トランペットもブラスバンド仲間に吹いてもらうことにした。ところがギターで前奏を弾ける奴がいなかった。一人『俺が弾ける』って奴がいたんで、ギターを持ってきてもらって学校で聴いてみると、単音で旋律をポロンポロンと鳴らすだけだった。がっくりしたけど、しかたがないので前奏もアレンジして変えた。こんな残念な前段があって高校生になった。

その頃、グループサウンズは既に下火になり、吉田拓郎・井上陽水などが台頭してきた時期だった。アルバイトでお金をためて、買ったのはヤマハのFG-140だった。この1万4千円が限度だったな。
ネットからの借り物です。
当時、ドレッドノートの大きさはウェスタンギター、OOOタイプはフォークギターと呼ばれていた。FG140はウェスタンタイプ。昔はこの大きさに憧れたんだ。たしかハードケースも一緒に買ったと思う。そのハードケースにはこともあろうに『Gibson』と白インクで書いていた。当時はJ-50に憧れてたから。そのケースはいまだに持っている。

当初はコードストロークから入門した。もちろん、Fを押さえるのに四苦八苦した記憶がある。それでも左指が痛くなるまで練習したな。

好きだったのは『赤い鳥』。
故・山本俊彦、平山泰代、大川茂
後藤悦治郎、山本潤子(旧姓新居)
Hi-Fi-Setや紙風船の前身となったグループで、翼をくださいとか竹田の子守唄とかが有名。納屋橋のヤマハビルまでよく見に行ってた。

竹田の子守唄や赤い花白い花でアルペジオを練習した。PPMのPuffとかBlowin' in the windでツーフィンガーとスリーフィンガーをマスターした。教科書はYoung Guitarや新譜ジャーナルだった。この頃から、あまりコードストロークはしなくなった。唯一、ピックを使っていたのは、もっと後になるが、22才の別れとか置手紙。フラット・ピックを使ってツーフィンガーのように弾くためだった。

この頃、両親が離婚して一家離散することになった。僕はといえば一人名古屋で下宿生活に突入した。だからしばらくはギターとは無縁の生活になった。この頃の事は思い出したくもない嫌な時期だった。


つづく

2018年7月27日金曜日

台風12号

台風が近づいています。今年も既に12号です。早いですね。インドやチェコでは台風がなかったので、久しぶりの台風はちょっと怖そうです。明日の夕刻までには迎え撃つ準備をしなければいけませんね。

さて、次週からはちょっと趣向を変えて、ソロギターの現在に至るまでの軌跡を記しておこうと思う。懐古趣味ではあるけれど、この記事が誰かの役に立てば....と思う。あんまり役立つ内容もないけど。


なかなか一度には書けないので、何度かに分けてかいていこうと思う。

2018年7月23日月曜日

インド人襲来など

今日も暑そうです。先週は岐阜の多治見で40度を超え、今日もどこかで超えそうです。天気が良いのを悪いとは言いませんけどね、少しくらいは雨が降って欲しいわけです。ただでさえ知多半島は雨が少ないのに、ほぼひからびてます。

さて、週末の記録です。

土曜日
日中は暑くてすることもないので、クーラーをかけて家篭り。それでも退屈だったので、近くのモールへ涼みに買い物。

午後から家を出て、あちこちをぶらぶらしつつ一宮を目指した。夕刻からはDenpo-G Studioでライブ鑑賞なのである。


この夜は以前からネットで知っていた地元のギタリスト、シオミ・モトヒコさん。彼は中川イサトギター教室の一期生だった。なのでソロギター暦は日本でも有数に長い。詳細は彼のホームページを参照して欲しい。URLを見てみると、『https://donighdecker.wixsite.com/eadgbe』てなってる。最後の『/eadgbe』ってのはレギュラーチューニングだな。前の『donighhecker』は『どないでっか?』と読む。Youtubeへの投稿も多いので、聴いてみて『どないでっか?』と。(笑
オープンチューニングは一曲のみだった。チューニングが面倒なのだそう。だからURLもそうしてるんだろう。
18時から始まって、休憩を挟んで21時頃まで、堪能させてもらった。来ていた観客は15人ほど。彼のギター教室の生徒さんだった人が多かった。


Taylor+M-Factoryだったんだが、どうも好きにはなれない音だった。悪くはないけど好きじゃない。やっぱりTaylorは僕には合わないな。帰路はファミレスで遅い晩御飯を食べて帰宅した。

日曜日
土曜日の夜、唐突にインド人からメッセージが届いた。彼の息子が日本を旅行中で、日曜日に名古屋へ行く。CDを持たせてあるので、会えないか?というものだった。まあ、日曜日は予定もないし、OKと返事をしておいた。その親父はバンガロールで楽器屋をやっていて、自分でも演奏する。僕はこの店へよく弦やらなんやらを買いに行ってた。初めてのある日、安いアンプを買おうと訪問した。自分のサイレントギターをつないで試奏してたら、店員がこのオーナーに連絡して店にやってきた。大方、変な日本人が来てるってなことだろう。意気投合して、その日は遅くまでギターを弾いて遊んでいた思い出がある。
この旅行を計画している時に、その親父から『トヨタを勉強するのに適したところはないか?』って訊かれて、このトヨタ産業技術記念館を紹介しておいたのだ。
日曜日、11時半頃にトヨタ産業技術記念館で落ち合う事にした。彼らは東京から新幹線で来るらしい。
当日、手ぶらでも申し訳ないので、イオンモール常滑の三越へ行って、外国人が大好きヨックモックを買ってきた。親父の分と息子とその友人の分。購入後、半島道路~名古屋高速の高額有料道路を通って名古屋まで出た。約束の15分ほど前に到着。とたん、親父から『息子たちはレセプションのところで待ってるぞ』と連絡が入った。無事に会えるだろうか。まあ、インド人がたくさんいるわけでもないから、すぐに見つかって無事合流できた。



記念館内の喫茶店でお土産の交換会。(笑 名古屋はバンガロールより暑いそうだ。トゥンバ・ビシー(カンナダ語でめっちゃ暑いという意)を連発してたわ。近況などを談笑して別れた。

家に帰っても暑いので、そのまま映画館へ『未来のミライ』を観に行った。
細田アニメはいつもそうなんだが、ジブリアニメと違って、純粋に楽しめない。ストーリーを考える事が多いのだ。この映画、主人公のくんちゃんの声に負けた。最後まで違和感が消えなかった。声優の選択ミスじゃないだろうか。絵と声としぐさがかけ離れてる。まあ、物語は良かったし、山下達郎の主題歌も良かった。ちょっと残念な映画だった。『時をかける少女』は筒井康隆の原作を読んでいたから分かりやすかった。『おおかみこどもの雨と雪』もいい映画だった。それらと比較すると、ちょっとね....って感じだった。

夕食は映画を終えて、近くのスシローへ行った。いつも一杯で諦めるんだけど、この日はすんなり座席についた。それもそのはず、クーラー故障中だと。(涙
このクソ暑い日に、家事が大変だからと外食に来てるのに、そこが暑くてどーする!なので、そそくさと食べてさっさと帰宅した。